元人気No.1のお寺「仏光寺」の歴史、逸話まとめ

浄土真宗No.1は本願寺ではなく仏光寺だった

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私が1番好きなお寺は仏光寺です。

理由はただ落ち着くから。

都会の砂漠の中にポツンとオアシスが現れた的な。

久々に来たけどやっぱエエな~。今日はイベントがあってちょっと騒がしいけど、それでもエエな~。

仏光寺は私の中で1番ですが、昔はほんまに1番やったんですよ。

仏光寺をナンバーワンにした男「了源」

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親鸞を開いた浄土真宗と言えば本願寺がナンバーワンやと思う方が多いかと思いますが、それは本願寺の8代目蓮如のカリスマ性によって、凄まじい程に信者を増やした結果、本願寺が栄えたのであって、それまでは親鸞の子孫の本願寺よりも、親鸞の弟子たちが広めた宗派が中心でありました。

そして、その中で人気ナンバーワンだったのが仏光寺だったのです。

その仏光寺をナンバーワンに押し上げたお坊さん、その名は、了源(りょうげん)。

了源は興正寺(仏光寺の元の名前、理由は後ほど書きます)の第7代でした。

了源は幼い頃から頭が良く22歳で興正寺の7代目を継ぎます。

そして、布教活動を積極的に推し進めます。

池上彰ばりにわかりやすい教えは、あっという間に大人気となっていきます。

 

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仏光寺という名前の所以

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でも人気が出るということは、その分アンチも増えます。

了源や興正寺を貶めてやろうと、アンチの1人が仏像などを盗み出せと泥棒に依頼します。

その泥棒は依頼通り、仏像やなどを盗み出しますことに成功しますが、逃げる最中に罪悪感に苛まれてしまい、その仏像を投げ捨てて、その場を後にしました。

その夜の明け方、後醍醐天皇が南の方から射す金色の光を目撃します。

後醍醐天皇
なんじゃ、なんじゃ!あれを見て参れ!
使者
かしこまりました

と使者がその光があった方を探すと、眩い光を放つ仏像があるではありませんか。

後醍醐天皇はその仏像が放つ光の方向へ歩き進んで行くと、そこに興正寺があるではありませんか。

後醍醐天皇
お~ここであったか~

と大感激の様子。

後醍醐天皇
仏が光を放つ寺で仏光寺。よし!仏光寺に名前を改めよ
寺の者一同
は、はい!

と後醍醐天皇が勝手に決めてしまいましたが、天皇の命令には従うしかありませんね。

というのが、仏光寺の名前の所以です。

続きはまだありますが一旦ここで切って、後半を次の記事にしたいと思います。

後半はカリスマお坊さん了源にスポットを当ててます。

後編はコチラ

仏光寺

住所:京都市下京区新開町397

TEL:075-341-3321

URL:http://www.bukkoji.or.jp/

Googleマップ:https://goo.gl/maps/S4I8i

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