伝説の大泥棒 石川五右衛門の逸話まとめ

石川五右衛門のお墓は京都にあった

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前回の記事はこちら

前回、銅閣寺こと「大雲院」について書きましたが、その大雲院の 敷地内に天下の大泥棒「石川五右衛門」のお墓があるのです。

なぜここにお墓があるのか?

石川五右衛門ってどんな人やったの?

石川五右衛門の逸話って?

などなど知りたくありませんか?

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って方や「知ってるゼーット」って方はそっとページを閉じてください(古い・・・)

石川五右衛門って?

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元は大名の家老の次男、どこかの家臣の子、実は侍だった、伊賀忍者の末裔など、さまざまな説があるようです。

五右衛門は子供の時から根っからのワルであり、自らをトップに不良グループを作っていました。

やることはもちろん盗み。

ターゲットは大物ばかりであり、貧乏人から盗むとかセコい事はしません。

盗み方は派手で堂々としていました。

大勢の子分に武士の衣装を着せ、本人は立派な駕籠に乗ります。

そして大名行列を装い周囲の目を欺きながら、大名屋敷などに押し入り、白昼堂々と盗みを働いていました。

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また、大凧に乗って城に侵入した(一説では嘘という話も)というエピソードもあります。

そのカリスマ性から仲間がどんどん増え、泥棒とは言え、金持ちから颯爽と盗み出すカッコ良さからヒーロー扱い、世間からも一目置かれる存在になりました。

名実ともに勢いを増す五右衛門グループは、意気揚々と秀吉の居る京都に上洛します。

 

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豊臣秀吉の居る京都へ

五右衛門が上洛してからも庶民からの人気は相変わらず絶大でした。

泥棒やのにヒーロー、まさにルパン3世。

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うなぎ登りの評判は秀吉の耳にも入ります。当時、朝鮮出兵で上手く行っていなかった時期でもあり、泥棒がヒーロー扱いされているなんて、秀吉からしたら面白くありません。

そこで秀吉は五右衛門を捕らえるため、京都奉行の前田玄以という男に依頼。

この前田玄以という男、正義感は人一倍強く、任務遂行の為なら手段を選ばない。

悪党からはかなり恐れられる存在であり、まさに銭形警部。

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秀吉の秘宝を狙え

先程も述べましたが、当時は朝鮮出兵中でした。

その為、京都の警備はかなり緩い状態。

五右衛門は「これはチャンス!」と秀吉の持つ秘宝「千鳥の香炉」を盗もうと企みます。

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千鳥の香炉は伏見城の寝室にありました。

五右衛門は何と秀吉の寝ている横から香炉を盗もうとしたのです。

一説によると、香炉とともに秀吉の首も狙っていたという話もあります。

朝鮮出兵で手薄と言えど、秀吉の居る伏見城に忍び込むなんて、並大抵の事ではありません。

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五右衛門が来ることを予期していたのか、そこには銭形こと前田玄以達も待ち構えています。

それでも五右衛門は網を掻い潜って、遂に秀吉の居る寝室まで辿り着きます。

秀吉と千鳥の香炉がもう目の前です。

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そして千鳥の香炉に手をかけようとした瞬間、千鳥が鳴いたのです。

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はっ!しまった!

目を覚ました秀吉は「であえーい!であえーい!」と叫ぶと、すぐに前田玄以達が取り囲み、あっけなく五右衛門は捕まってしまいます。

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石川五右衛門の最期

捕まった五右衛門とその仲間や家族は、翌日に三条大橋の河原で処刑されることになりました。

その方法は何とも残酷で、釜茹でという方法でした。

釜茹でといっても中は油ですから、上島竜兵なんて屁でもありません。

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しかし五右衛門は、グツグツ煮えた釜に入ろうというのに、満面の笑みを浮かべ辞世の句を大声で述べます。

石川や

浜の真砂は尽きくるとも

世に盗人の種は尽きまじ

それを聴いた観衆は拍手喝采の嵐。

そして五右衛門は息子を両手で持ち上げ、釜の中へ飛び込み、沈んでいきました。

その後、大雲院の僧侶が五右衛門の亡骸を引き取りお墓を建てたということです。

ちゃんちゃん。

五右衛門風呂というのは、これが由来だとか何とか。

ちなみに、ルパンに出てくるのは五右衛門ではなく五ェ門で、五右衛門の子孫とされています。

 

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