京都駅の歴史、逸話まとめ

京都駅の歴史

京都で1番好きな場所は?と聞かれると、私は「京都駅ビル」と答えます。

電車が好きな訳でもなく、好きなグルメがある訳でもなく、ただ何となくなんですが魅力的な場所ですね。

そんな方もおられると思いますので、京都駅の歴史、逸話について勉強しましょう!

初代駅舎

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明治10年2月に建設

赤煉瓦のモダンな建物です。

完成祝賀会には何と明治天皇が来られました

当時は「七条ステンショ」と呼ばれ親しまれたようです(笑)

「ステンショ」は大阪弁のようですね。

2代目

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大正3年8月、大正天皇の京都での即位式に合わせて建てられます。

総ヒノキ造り二階建ての駅舎でしたが、この駅舎は昭和25年11月、火事により消失してしまいました。

アイロンの不始末が原因でした。

ヒノキはよく燃えます。

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3代目

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ジェイソウルブ•••寒いのでやめときます。

昭和26年3月着工、翌年5月に鉄筋コンクリート造りの近代的な駅舎が完成しました。

その後、新幹線や地下になり、昭和50年代の中頃から老朽化やビジュアル的な事を理由に駅舎の建て替えを望む声があがっていきます。

4代目

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京都駅ビルは、異例のコンペ方式で行われ、設計者には原広司、安藤忠雄、池原義郎、黒川紀章、ジェームス・スターリング、ベルナール・チュミ、ペーター・ブスマンの7名の候補者から選ばれました。

その中で異彩を放ち過ぎて注目されたのが黒川紀章。

羅生門をイメージした黒色で重厚感のあるものでした。

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注目はされましたが、さすがにイカツ過ぎたのか敢え無く予選敗退。

最終的に原広司さんが勝ち抜き、今の京都駅ビルになることに決まります。

地元民の猛烈な反対を乗り切り、無事完成します。

平成9年7月に完成。9月に全面開業します。

工事期間は3年7ヶ月。

この建物も賛否両論ありますが、京都の人気スポットの一つになりました。

大活躍の京都駅ビル

ガメラとギルスをすっぽり覆い、闘技場と化します。

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「こち亀」にも登場したようです。

両さんに壊されれば名誉な事ですが、残念ながら壊したのは宇宙人のようです。

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京都名物「大階段駆け上がり」

171段あります。余程の体力がない限りはオススメ出来ません。

雰囲気、テンションに任せて頑張りすぎると痛い目に遭います。

 

いかがでしたでしょうか?

ここまで知れば京都駅ビルにも愛着が湧いてきたでしょう?

今日からあなたは「京都駅」ではなく「京都ステンショ」と呼びたくなるはず。

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