北大路魯山人の人生や逸話

今年の6月に京都国立近代美術館で「北大路魯山人の美 和食の天才」展が開催されます。
「北大路魯山人」って誰?欣也ちゃうの?って方のために分かりやすくまとめました。
漫画「美味しいんぼ」を読んでいる方なら名前くらいは知っている方も多いはず。
あの海原雄山が尊敬している人物ですね。
魯山人の人生
不遇の少年時代
魯山人は京都市北区生まれ。父は生まれる前に自殺、母は失踪。
そのため親戚をたらい回しにされます。一時農家に養子に出された事もありました。
その後なぜか木版師の養子になります。
10歳の時、「おれ画家になりたいねん」と親に申しでますが、「あほー、跡継ぎにしよう思てたのに!」と親の逆鱗に触れてしまい、烏丸二条の薬局(今もあるようです)に奉行に出されてしまいます。
そこで約10年間も奉行し、20歳になってようやく自由の身になりました。
魯山人覚醒
晴れて自由の身になった魯山人は書家になろうと上京します。
上京した翌年、ある展覧会で一等賞を取り、どんどん頭角を現し始めていきます。
その後中国に渡り、書道や印章彫りを学ぶために旅をし、技術が磨かれ才能が開花します。
約2年の旅を終え帰国後、お互い食客であった竹内栖鳳という超大物画家と出会います。
竹内栖鳳はちょっと前に少し触れています。→こちら
その栖鳳の印章を魯山人が彫ることになりました。
栖鳳はその印章をたいへん気に入り、「めっちゃ凄い奴おるで」と他の芸術家に紹介していきます。
そして芸術家達と親交を深め、名を高めていくことになります。
美食倶楽部設立

有名になり始めた魯山人は、京都や金沢で美味しいものを食べ歩き、料理や食器にも見識を深めていきます。
ある日、中村竹四郎という男に出会い意気投合し、古美術店を経営します。
その古美術店では、常連客に対して古美術品の陶器に高級食材を使った料理を振る舞っていました。
それだけでは飽き足らない魯山人は4年後、遂に会員制食堂「美食倶楽部」を発足させます。
さらにさらに4年後には東京永田町に「星岡茶寮」という会員制高級料亭を始めます。
中村が社長、魯山人が顧問でした。
その美食倶楽部で出される料理はこだわり抜かれたものばかりで舌の肥えた上客でも唸らせたほど。
しかしそれをも上回るこだわりを見せたのは器。
料理に合う器を自ら作り、料理ごとに替えていたほどでした。
魯山人転落
上客を唸らせてはいましたが、魯山人のほぼワンマンで横暴っぷりに周りは付いていけませんでした。
さらに出費もドえらい額で大赤字。
ついに社長の中村は魯山人の解雇通告に踏み切ります。
解雇通告は手紙で言い渡されました。
あまりの突然の解雇に魯山人は「え?なんで?」となったに違いありません。
私生活でも上手くいきませんでした。
相当気難しい性格の魯山人は、風呂上りに冷えたビールをタイミングよく出さないと、すぐに機嫌を損ねたそうで、家政婦が何人も辞めたとか。
当然、そんな魯山人と添い遂げられた女性はおらず、6度の結婚のすべて失敗に終わりました。
魯山人の晩年
追放されてしまった魯山人は一時困窮を極めますが、その中で自分の作品の直売店「火土火土美房」を開店。
読み方は「かどかどびぼう」ちょっとカワイイですね^^
その「かどかどびぼう」のおかげで貧乏生活を脱出。
その後、焼物に関する功績が認められ人間国宝の打診が届きますが、なんと拒否。

再度裕福になった魯山人は食の探求に没頭します。
色々な珍味を食べていましたが、鯉やタニシなどを特に好んで食べていました。
それが仇になったのか肝吸虫による肝硬変で亡くなってしまいます。
魯山人オリジナル料理
魯山人の遺した料理は魯山人風すき焼きなどたくさんありますが、その中で気になったものを紹介します。
ちょっとヤバイのもあります( ゚Д゚)
オオサンショウウオ

山椒魚を食うのは、決して悪食ではないが、御承知のように山椒魚は保護動物として捕獲を禁止されている上に、どこにでもいるというものでもないから、めったに人の口にはいらない。
その意味から言って、山椒魚は、文字通りの珍味であると言えよう。 by魯山人
オオサンショウウオを鍋に入れて長時間煮たようです。
味としてはフグとスッポンの間と言っています。
というか、食べていいの?
納豆
納豆はよく練って食べるべきである。まず何も加えずに箸でよくかき混ぜて糸を出し、硬くなるまで練り上げる。次に醤油を少しづつ加えてまた練り込む。最後に和芥子を加えてさらに練る by魯山人
424回練ると、練る前より109%コク成分が増したとか(笑)
こんな玩具がタカラトミーから出てます↓

食の極み魯山人納豆鉢という商品です。
通販で買えるようですよ。
動画で使い方を紹介しています。オジサンが424回練っています(笑)

まとめ
京都生まれの北大路魯山人のお話いかがでしたでしょうか?
私も京都グルメブロガーとして避けては通れない存在だと思い、今回記事にさせて頂きました。
変人だとは知っていましたが、完全にぶっ飛んだ人物でしたね。
人間国宝になるには、これくらいでないとイカンのでしょうが。

私はこれが貰えたら充分かな。いや、無理やな~